THE FEW シグネーチャージャケットの世界

THE FEWのフライトジャケット、ライダースジャケットの復刻は常に進歩と進化を続けて行きますが我々がモノ作りを続けている原動力またはモーティベーションとなっているのは乗り物であり、飛行機であり、モーターサイクル、モータースポーツを通して1940's, 1950's年代の文化への憧れを具現化して行きたいと思っています。

THE FEWのシグネーチャーシリーズはその時代のヒーロー、英雄呼ばれた人々にスポットを当て一着のフライトジャケットの中にその夢と歴史を刻んで行く事です。また、それらの英雄達の世界観、人生観そして時代を生きた人々とジャケットを通して一体化させる試みでもあります。

1. A.V.G. フライングタイガースジャケット
A.V.G.フライングタイガース・ジャケットはアメリカ空軍の退役パイロットを中心とした志願兵、ローマ時代で言えば傭兵とも言える存在です。破竹の勢いで中国、東南アジアに領土を広げて行った1930年代後半の日本陸軍に対し時の中国政府の指導者である蒋介石の呼び掛けでアメリカ政府が戦闘機を提供し、パイロットを招集してインドから交戦を始めた部隊がフライングタイガースです。それらに参加したパイロットはアメリカ空軍、海軍出身の混合編成でした。それぞれパイロットが着ていたジャケットもA-2であり、M-422Aであったりとそれぞれまちまちでした。

THE FEWは2001年アメリカのシアトル市で開かれたフライングタイガース最後の同窓会のオフィシャルスポンサーとして参加してA.V.G.のパイロット達の直筆サインフラッグを作成しました。デック・ロッシー、テックス・ヒル将軍を初めとして高齢を迎えたA.V.G.フライングタイガースの英雄達との貴重な証です。

2.三国エース・シグネーチャー・ジャケット
2003年THE FEWはアメリカ空軍エースパイロット協会のオフィシャルスポンサーとしてサンフランシスコで開かれたエース協会のシンポジウム、同窓会に参加しました。その際に80歳半ばを迎えた多くのエースからもう一度青春の一ページとして過した英国の地を訪れて見たいと言うものでした。それからアメリカ、イギリスの戦闘機のコレクター、歴史考証家、フライトジャケット愛好家などからブリディッシユ航空などを巻き込んで第8空軍のエースを英国に招待して航空ショー、シンポジウムを開くと言う計画が始まりました。
この計画の中で英国空軍ビル・ドレイク将軍、275機の撃墜記録を持つドイツ空軍の将軍であり、後のNATO軍の将軍にも成ったグンター・ラウル将軍も参加しての米、英、独と三国エースが一堂に会してのシンポジウムとダックスフォードの航空ショーが開かれました。其処で生まれたのがTHE FEW 三国エース・シグネーチャーA-2ジャケットです。 60年の時代を超えて大空で敵味方として戦った空軍エースパイロット達の友情と歴史の重みをこのジャケットに刻みました。

3. D-DAY シグネーチャージャケット
1944年6月6日アメリカ、イギリスなど連合軍のノルマンディー上陸作戦が行われた。時を経て2000年THE FEWはアメリカ映画、テレビ番組製作会社HBO社の製作したスピルバーグ、トム・ハンクス共同監督映画「バンド・オブ・ブラザーズ」の主要な登場人物への衣装提供を行った。御存知の通りこの長編有線テレビ映画はD-DAYからヨーロッパ戦線の終了までを空挺部隊を通して製作されている。THE FEWのフライトジャケット、シープスキンジャケットが1990年販売スタート以来世界のファンから評価された事は実に嬉しい事でした。

2004年ノルマンディー上陸作戦の60年周年記念式典とそれに関わる多くのイベントをフランスで開催する事に成り、その式典に合わせて多くの陸、海、空軍の退役軍人が招待され、アメリカ第8空軍のエース達もまた招待されました。THE FEWも「バンド・オブ・ブラザーズ」の製作と衣装提供に関わった事とアメリカ空軍エース協会のオフィシャルスポンサーと言う事で招待されました。その際にエース一人一人の直筆サインを入れて貰って生まれたのがTHE FEW「D-DAY シグネーチャー・ジャケット」です。

この企画の際に英国人の署名な画家であり、日本でも多くの作品が紹介され絵画集も出ているマイケル・ターナー氏によるD-DAY・ノルマンディー、オマハビーチと第8空軍の絵画制作の話しがTHE FEWに入って来ました。この話と空軍エースであるバド・アンダーソン将軍の当時の描写、解説から一枚の絵が生まれました。THE FEW 「D-DAY 60th ANNIVERSARY ジャケット」にはマイケル・ターナー氏書下ろし、THE FEW所有のサイン入り絵画のプリント画をお付けしています。